寄稿2 「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
連載 「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
第2回 変わるか「中国依存」経済
川村範行 名古屋外国語大学特任教授
中国で発生した新型コロナウイルス感染により、日系企業は大きな打撃を受けている。中国と密接不可分につながったサプライチェーン(供給連鎖)によるものだ。中国人客目当ての観光産業も深刻な影響を受けた。対中ビジネス、中国人観光が日本経済を支えていたが、こうした「中国依存」の在り方が見直しを迫られている。
安倍首相は三月五日、ビジネス界のトップを集めた未来投資会議で「一つの国への依存度が高い商品や付加価値の高い商品について、生産拠点を国内に移すよう検討し、無理なら東南アジアにシフトして、生産拠点の多元化を果たしてほしい」と、国内回帰か東南アジア移転という異例の要望を出した。
日系企業は「脱中国」へと動くのか―。中国経済新聞(五月十八日発行)によると、海外進出の日系企業約七万社のうち大小合わせて約三万五千社が中国に集中し、電子部品やパソコン、自動車部品及びそれらの原材料は70%以上を中国に頼っている。日本貿易振興会(JETRO)上海事務所が四月に華東地区の日系企業に行った緊急調査で、七〇一社のうち九割が中国撤退やサプライチェーン変更をしないと答えた。小栗道明・同所長は「むしろ技術面などを一段と中国へシフトし、現地での製造やサプライチェーンをさらに強化する必要に迫られる」と指摘している。
中国は世界でいち早く新型コロナウイルスの封じ込めを宣言したが、国内経済への打撃は大きかった。第一四半期のGDPはマイナス6.8%にまで落ち込んだ。一九七八年から改革開放政策が始まって以来のマイナス成長である。李克強総理は五月二二日に例年より遅れて開幕した全国人民代表大会の政治活動報告で、「新型肺炎の影響で今年の経済成長率を示すことはできない」と、異例のスピーチを行った。
中国政府はコロナ対策として一兆元(約十六兆円)の国債発行を打ち出した。打撃が大きい民生(国民生活)・雇用労働面に最優先配分される方針だ。公表された失業率6%は都市住民だけで、データのない約三億人もの農民工(出稼ぎ農民)を含めると失業率はかなり高いとみられる。
北京大学国際発展研究院の姚洋院長は六月十日、筆者が副会長を務める日本日中関係学会と北京をつなぐオンライン研究会で、第二四半期は徐々に回復し、一-六月の平均GDPはマイナス1.0%ぐらいに落ち着きそう、と分析した。「下半期は9%成長も期待でき、通年で3%も可能」と楽観的な見方を示したが、国際通貨基金(IMF)は通年で1.0%と厳しめの予測だ。いずれにせよ昨年のGDP6.1%にははるかに及ばない。
コロナ禍はグローバル経済を切り裂いた。中でも世界貿易への影響は大きく、世界貿易の13%を占める中国の屋台骨を揺るがすほどだ。輸出に頼ってきた中国だが、姚教授は「輸出で以て経済を成長させる方策は取るべきではない」と警告する。中国は21世紀に急速な経済成長を遂げ、二〇一〇年にはGDPで日本を抜いて世界第二位の経済大国になった。中国のGDPが世界に占める割合は二〇一八年には15.7%にまで拡大したが、コロナ禍でブレーキがかかる。
振り返れば、中華人民共和国は建国後の一九五〇年代後半から六〇年代初頭にかけて大躍進政策の失敗、続く一九六六年から十年間にわたる文化大革命により混乱に陥った。この後、実権を握った鄧小平は、敗戦から世界第二位の経済大国になった日本をモデルに改革・開放路線に転じる。日本は中国の改革・開放政策を官民挙げて支援してきた。一九八九年の天安門事件の後、国際社会から経済制裁を受けた中国にいち早く手を差し伸べたのも日本であった。
その後、日系企業が続々中国に進出したが、「チャイナリスク」に遭遇する。二〇〇二年のSARS(重症急性呼吸器症候群)による「感染症リスク」、その後は二〇〇五年の北京、上海での反日デモ、二〇一二年の尖閣諸島国有化をきっかけとする日中対立が日系企業に「政治リスク」を突き付けた。中国から東南アジアへ工場を移転し、リスク回避を図った日系企業も多い。そして、SARSを上回る新型肺炎の「感染症リスク」である。中国は将来、IT(情報技術)やAI(人工知能)などの最先端分野で世界制覇を目指すが、コロナ後の経済回復次第だ。
日本のGDPの二・八倍もの経済大国になった中国との経済貿易・観光交流は日本にとって切り離せない。中国の経済回復見通しとリスクを見据えて、「中国依存」か「脱中国」か、一筋縄ではいかない難題である。
(2020年7月10日 東海日日新聞社=愛知県豊橋市=発行・東日新聞掲載)