寄稿3 「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
寄稿「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
第3回 米中“新冷戦”と日本の対応
川村範行・名古屋外国語大学特任教授
中国は世界に先駆けて新型コロナウイルスを封じた成果を宣言し、世界各国にマスクなどを送る「人道支援外交」に転じている。対してコロナ感染者世界一になった米国のトランプ大統領は中国に責任を転嫁して批判し、米中対立を激化させている。日米同盟重視でトランプ政権追従の安倍政権は、日中関係の維持にも腐心している。“米中新冷戦”の局面に入り、日本外交の立ち位置が真剣に問われている。
中国は一月下旬から七六日間、コロナの発生地である人口一一〇〇万の大都市、武漢市を「都市封鎖」する強硬措置を執った。李克強総理は五月二二日に北京で開幕した全国人民代表大会で「十四億の人口を有する発展途上国にとって、比較的短時間のうちに新型コロナウイルス感染症を効果的に抑制し、人民の基本的生活を保障することができたのは並大抵ではない」と、コロナ封じの成果を強調した。
中国の「人道支援外交」は、ほぼ全世界に及ぶ。中国政府が六月初旬に発表した「新型コロナ白書」などによると、約二百か国・地域にマスクや防護服、医療機器などを有償・無償で提供した。輸出したマスクは実に計七〇六億枚に及ぶ。そのうち米国へは五三億枚(米国民一人当たり十五枚前後に相当)で、中国の戦略的盟友であるロシアへの一億五千万枚の五十倍と、米国重視の支援を見せた。
にもかかわらず、トランプ大統領は、新型ウイルスについて「中国による隠ぺい」で「感染拡大が引き起こされ、米国で十万人以上が死亡し、世界中で深刻な経済的な損害が生まれている」と非難。世界保健機関(WHO)をコロナ対策で「中国寄り」と批判し、五月下旬にWHOからの脱退を表明した。
加えて、米国ミズーリ州政府などから中国に新型肺炎感染の責任があるとして損害賠償請求が相次ぎ、中国に“逆風”となっている。米国のほか英国、イタリア、ドイツ、豪州など八か国の政府・民間団体などが、国連人権理事会や国際司法裁判所などに提訴した。総額にして百兆㌦(約一京一千兆円)余りで、中国の国内総生産(GDP)の何と七年半分に相当するという(四月三〇日付け香港経済紙「レコード・チャイナ」)。
これに対し、習近平国家主席は五月中旬、WHO年次総会のビデオ会議開幕式で「中国は常に公開、透明、責任ある態度でWHOや関係国に情報を伝えてきた」と主張し、コロナ対策に二十億㌦(約二一〇〇億円)の資金提供を申し出た。また、中国が新型コロナワクチンの研究開発に成功後に、全世界の公共財として発展途上国でも使用できるようにしていくとも表明した。さらに、新たに「人類衛生健康共同体」構築を提起し、感染症に対して国際社会を取りまとめていこうと意欲を見せている。
一方、コロナ封じと軌を一にした中国の対外強硬姿勢が、海外の懸念を呼んでいる。四月に入り台湾周辺で中国空母などが軍事演習を行い、周辺国と主権を争う南シナ海には中国独自の「行政区」を設けた。東シナ海の尖閣諸島沖では中国の公船が連日出没し、五月には日本漁船を追いかける一幕もあった。さらに、中国政府は五月下旬に香港に国家安全法制を導入すると決めたが、G7(主要七カ国)外相が「重大な懸念を表明する」と声明を出し、撤回を求めた。
中国を非難する外国政府や海外メディアに対し、中国外交部報道官が強く反論する姿勢も目立つ。中国でヒットしたアクション映画「戦狼(ウルフ・オブ・ウオー)にちなんで「戦狼(好戦的な)外交」とも呼ばれ、主要国の“中国離れ”の一因にもなっている。
近年の日中関係を見れば、二〇一二年の尖閣諸島国有化をきっかけに両国は対立状態となったが、二〇一八年に李克強総理と安倍晋三首相の首脳往来が再開し、関係改善が図られてきた。今年四月には習近平国家主席の国賓来日で関係好転を決定づけるはずだったが、延期された。米中の対立激化と中国の対外強硬姿勢や朝鮮半島情勢の変化で、日本の対中外交・北東アジア外交は高度な練り直しを迫られている。
振り返ると、一九七一年春に名古屋で開催された世界卓球選手権大会に日本側が中華人民共和国のチームを招請し、米中両国の卓球選手の交流が生まれた。これを契機に外交が動き、ベトナム戦争で敵対していた米中の急接近、続く日中国交正常化を促進した。この歴史的な「ピンポン外交」から来年で五〇周年。新型コロナウイルスに国際社会が一丸となって対応しなければならないときだ。当時と状況は異なるが、米中両国に働きかけて名古屋でピンポン外交五〇周年記念イベントを企画し、日本が歴史的な“米中コロナ和解”を促す“21世紀のピンポン外交”を打ち出すよう提言して、結びとする。 (了)
(2020年7月11日 東海日日新聞社=愛知県豊橋市=発行・東日新聞掲載)