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時論 西原春夫・早大元総長を悼む -「東アジア不戦」94歳の志半ばで

2023/01/27

                                     2023年1月27日

川村範行(名古屋外国語大学名誉教授・日中関係学会副会長)


 極寒の朝、届いた新聞で早稲田大学元総長、西原春夫先生の訃報に接し、にわかに信じがたい思いでした。西原先生とお会いしたのは昨年6月、同9月に東京で日中共催予定だった「日中国交正常化50周年記念 日中関係討論会」の特別講演のお願いをしたのが最後でした。西原先生は「東アジア不戦推進機構」の発起人代表として、第二次世界大戦を知る有識者長老と一緒に関係各国に不戦を呼びかけてみえました。94歳のご高齢にもかかわらず、お一人でご自宅から同機構事務所まで通い、早大のはるか後輩に当る小生に対して東アジア不戦の理念を蕩々と語られました。

 西原先生にお会いした直後に、中国の外交官OBでつくる共催団体から厳しいゼロ・コロナ政策のため訪日困難が告げられ、やむなく今年秋に延期しました。西原先生に電話でお伝えしたら、非常に残念がってみえましたが、特別講演はそのまま引き受けるとおっしゃいました。図らずも、先生がご逝去され、それも叶わないことになりました。昨年、日中関係討論会が実現していたら、西原先生の不戦の熱弁を中国側にも聞いてもらう事が出来たのにと、日本側実行委員長として機会を逸したことを悔やみます。

 西原先生は昨年6月、私に対して「アジアがどん底に陥っているから、おまえ、これを救えと天から命じられた」と、余生を賭けて東アジア不戦推進機構の成立に取り組むと話されました。西原先生たち長老が各国に呼びかけて、千年に一度しか回ってこない特異日の2022年2月22日22時22分に、東アジアのすべての国家の首脳が一堂に会して「不戦」を宣言するよう働きかけてこられました。だが、新型コロナの世界的感染のため、それが叶わず、昨年の同じ日時に、日本外国特派員協会(東京)で西原先生と明石康・元国際連合事務次長、谷口誠・元国連大使の3名が代表して記者会見し、次のような提言を発表しました。

「私たち18人は、第二次世界大戦の時代を直接体験した最後の世代の一員として、『戦争は如何なる理由があろうとも絶対にしてはならない』という信念に基づき、ここに以下の提言を発表する」

「少なくともまず、私たちの所属する東アジアの国々の首脳が、特定共通の日を期して、共同または単独同時に、『東アジアを戦争の無い地域にする』という宣言を発することを切望し、ここにこれを宣言する」

 西原先生は、「なぜこのような困難で面倒なことを引き受けてやってきたのか」について、「17歳の少年の時の想いに行き着く」と、述べられています(月刊誌「日本の進路 2021年7月号」)。「愛国少年、軍国少年に育っていった。日本のアジア政策は全て正しく、その一環として始まった戦争は、新アジア建設に向けた聖戦だと思い込んでいた。1945年、敗戦に伴って襲いかかってきた価値の転換は激烈だった。とりわけ,私を苦しめたのは、過去の日本や日本人が外国でやったことの真相を知るに至ったときである。日本は三代にわたって償わなければならないのではないか。― それが当時の17歳の少年の深い想いだった」と、回想しています(同誌)。

 先生の座右の銘は「心の底から欲して、命がけで初心貫けば、この世で成らぬ物事はない」- ヘルマン・ヘッセの作品「デミアン」からの引用といいます。早稲田大学法学部で西原先生の教え子だった岸田文雄氏の首相就任時に、わざわざ首相官邸を訪れて贈った色紙の言葉でもあると打ち明けられました。岸田政権が敵基地攻撃能力を肯定し、増税による防衛費の倍増へと、戦後の安全保障の大転換に舵を切ったそのときに、「東アジア不戦」の志半ばであの世へ旅立たれた西原先生の胸中を察するに余りあります。「東アジア不戦」の松明を引き継いでいかねばなりません。

 慎んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌

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