更新情報

中部学術訪中団総括報告「リアル中国を知る~上海・浙江省での交流成果と中国の実情~」

2024/09/28

東海日中関係学会 2024年度秋季公開研究会
2年連続の学術訪中団の帰国報告!
「リアル中国を知る~上海・浙江省での交流成果と中国の実情~」総括報告

中部学術訪中団団長 川村範行・名古屋外国語大学名誉教授
(日中関係学会副会長 兼 東海日中関係学会会長)

 
中部学術訪中団は2024年8月25日〜8月31日、上海、浙江省を訪問し、座談交流や視察調査を行った。上海国際問題研究院、上海社会科学院、復旦大学、浙江省党校とそれぞれ率直な意見交換により相互理解を深めることができた。同時に、上海の沖合に造成された世界的な深水港の洋山港や、杭州郊外の「共同富裕」モデル地区などの視察活動から多くの新しい収穫を得た。併せて、上海市、杭州市、浙江省の各外事辦公室幹部と歓迎会食の場で懇親を深めた。 訪中団は東海日中関係学会を中心とする学者・研究者・エコノミストなど6名で構成。コロナで途絶えた日中両国間の学術交流を再開し、対面による相互交流を促進することを主旨とする。中国駐名古屋総領事館の支持のもと、2023年に続き、2年連続の訪中活動が実現した。本日は訪中活動の成果として4点を総括報告する。
 
1、シンクタンク、大学研究所との座談交流
上海国際問題研究院、上海社会科学院、復旦大学日本研究センターでは米中関係、日中関係、東アジア情勢などについて突っ込んだ意見交換を行った。上海国際問題研究院と上海社会科学院はいずれも中国政府系の有力なシンクタンクであり、レベルの高い調査研究、政策提言をしている。復旦大学は中国トップレベル校で、日本研究センターは中国でも有数の日本研究機関である。
座談交流を円滑に進めるため、訪中団から事前に書面で討議事項や質問事項を提出し、中国側はそれぞれ丁寧な回答を用意していたため、かみ合った質疑応答ができた。
 
(1)日中関係については、2022年に習近平国家主席が岸田文雄首相との首脳会談で日中関係を一貫して重視していると強調したが、今回も訪問先の中国側は日中関係を一貫して重視していると答えて、変わりないことを確認した。昨年11月の日中首脳会談で2008年に来日した胡錦濤主席と福田康夫首相との間で合意した「戦略的互恵関係の包括的推進」に立ち返ることを確認したことを、訪問先の中国側は一様に評価している。
その一方で、2022年12月に岸田内閣が敵基地攻撃能力の容認と防衛費の倍増を閣議決定し、安全保障政策の大転換を図り、中国を仮想敵視したのは、戦略的互恵関係の包括的推進と矛盾し、「どちらが日本の本音か」との質問を受けた(上海国際問題研究院)。
中国側は、日本が中国経済と切り離す経済安保の推進を決めたことも懸念し、かつて2000年代前半に小泉純一郎首相の度重なる靖国神社参拝で日中関係が悪化し「政冷経熱」と呼ばれたが、現状は政治も経済も冷たい「政冷経冷」と厳しい表現をした(同研究院)。
(2)台湾問題については、「一つの中国」の原則の下、中国は平和的統一を一貫して堅持しており、1%でもその可能性があれば中国は平和統一に全力を尽くすが、台湾が独立を主張するときは「手術は怖いが、死ぬかも知れないときは手術する」という強い表現で武力行使を辞さないという党・国家の基本方針を述べた(同研究院)。
日本が台湾有事を口実に南西諸島でミサイル基地化を進め、ミサイルを北京に向けた場合、中国はそれを望まないが、安全保障のジレンマの罠に陥らないよう日中双方が自制努力するようにと求めた(同研究院)。
また「日本がやっていることは、衝突のための準備であり、危惧する。中国はこの地域で戦争をやる動機がない」と主張(上海社会科学院)。中国の軍事力増強に日本では脅威を持っていると質問をすると、「中国を守るためであり、地域大国として地域を守る安全のためであり、日本を攻撃するためではない」と、防衛面を強調した。一方、中国も日本のように毎年、防衛白書を発表して透明性を打ち出し、国際社会に説明する必要があることを認めた(社会科学院)。
本学会としては武力でなく、対話と平和外交による「日中不戦」と東アジアの平和構築を主張した。中国側は、日本には平和憲法が有り、中国には平和共存の原則が有り、日中共に対話と平和外交を進めることに同意するとともに、トップ同士の政治的信頼性を築くことの必要性を指摘した(同研究院、社会科学院とも)。
(3)訪中団からは、中国国内で過去十数年に日本人や中国人学者が拘束され、日本国内で不安が広がっていることを取り上げた。これに対し、中国側は、中国の国家安全の不透明性は認めながらも、法律に基づく対応であり、日本の報道はその不透明性のみに偏っていて日中関係には有益とは言えないと指摘。カナダのシンクタンクの人物が中国で逮捕されたことは公開されており、公開するかどうかは国の判断によると説明した(復旦大学)。
新型コロナ収束後も日本から中国への観光客が少ないことについて、日本側は煩雑なビザ手続きの免除を求め、中国側も一定の理解を示したが、外交上の相互主義に基づくものであるため、上層部に伝えるとした(上海市外事辦公室ほか)。
(4)米中関係について、中国はトランプでもハリスでも対話戦略に変わりは無いとした。米国は中国に対し「戦略競争」を標榜しているが、“戦略競争の勝利の基準は何か?”という問いには、米国側からまだ明確な答えはないという(同研究院)。米中のどちらか勝つか負けるか分からない、ある人は10年後に分かるとも言う(社会科学院)。米中間に対話のチャンネルは多くあるが、いい結果をもたらすか分からないと、慎重な構えだ(社会科学院)。
(5)東アジアの安全保障について。2000年代初頭に中国主導で日本、韓国、米国、ロシア、北朝鮮の「六者協議」という枠組みにより朝鮮半島の非核化に取り組んだが、成就しなかった。昨今の東アジアの安全保障問題をめぐり、新たな枠組みの必要性についても話し合った。本学会とは別に、西原春夫元早大総長や谷口誠元国連大使と川村を含む日本の研究者などが2010年代後半から提唱した「東アジア不戦機構」構想が、新型コロナの蔓延で実現せず、西原、谷口両氏が昨年、今年と相次ぎ他界したため、頓挫していることを紹介したところ、上海社会科学院が強い関心を持ち、共同研究などの意向を示したので、今後連絡を取り合うことにした。
 
2、浙江省の共同富裕モデル地区と中国の目指す共同富裕政策
中国共産党の3中全会で今後の中国の方向性として「中国式現代化」と「改革の深化」を掲げた。「共同富裕は社会主義の本質的な要求であり、中国式現代化の重要な特徴である。人民全体の共同富裕である」-習近平国家主席が「共同富裕」を提唱し、このように強調している。「共同富裕」は中国式現代化の推進の一つのカギを握るとも言える。中国政府は2021年に浙江省を「共同富裕モデル地区」に指定した。本学会は昨年から同モデル地区視察の要望を出していた。
訪中団は浙江省共産党学校(=浙江行政学院)を日本人として初めて訪問し、幹部諸氏と習近平主席肝いりの重要政策「共同富裕」についてレクチャーと質疑応答を行った。以下、担当者との意見交換を基に、共同富裕の要点を紹介する。
(1)共同富裕の理念は何か。中国伝統の「人情社会」を現代に再現することであり、「マルクス主義理論の政策化」である。中国特色社会主義建設の実践過程での具体的課題への対応と言える、という。
(2)共同富裕の目標は何か。地域格差、都市と農村の格差、収入格差のそれぞれ縮小である。医療、教育、インフラ整備など公共サービスの促進と均等化である。また、道徳、倫理など精神文明の建設である。コミュニティー、村、鎮など狭い区域での共同富裕の実現を目指す。
(3)共同富裕達成の時期はいつか。
①浙江省では、2025年までに上記(2)の各目標を実質的に進展させ、2035年までに基本的に実現する。
②全国では、2035年までに(2)各目標を実質的に整える。今世紀中葉(2049年、2050年)までに基本的に実現する。
(4)社会格差に対する考え方はどうか。社会格差は認める。低収入層を引き上げて収入別人口が、真ん中が大きくて両端が小さい“ラグビー型社会”(橄欖型社会)を目指す。浙江省では2025年には、年間収入10万元~50万元(1元=約20円)の層を80%にする。
(5)毛沢東や鄧小平の目指した共同富裕との違いは何か。共同富裕は、マルクス主義の政策化であり、毛沢東や鄧小平が貫いてきた考え方である。改革開放の初期は経済発展をメーンに取り組んで来たが、その間に中国の富裕層が実現、世界第2位の経済大国となり、収入格差や財産格差が益々拡大している。政策担当者は「経済発展の基礎の上に共同富裕を築く」と説明した。
(6)浙江省で「共同富裕」の実践はどのように進んでいるか。
貧しい県26で一つの県に一つの産業を発展させる「一県一業」を進めている。日本からも学び、民宿経営や農作物栽培、養殖技術など農村発展に力を入れている。民営企業は共同富裕の意識から、医療・教育など慈善事業に力を入れており、こうした三次分配の進展も注目される。 芸術による村おこしにより「共同富裕」を実現したモデル村、杭州市郊外の外桐塢村を視察した。
(7)共同富裕の課題(私見)。浙江省はもともと、地域格差が小さく、条件が整っている。中国全体は国土が広く、沿海部と内陸部の経済格差が大きく、浙江モデルを全国に広げられるか。米中戦略競争が長期化する状況下で、現状の経済停滞を克服することが前提となる。今世紀中葉までに中国全土で共同富裕が実現したら、人類史上の金字塔となる。中国の共同富裕政策は、壮大な挑戦と言える。
 
3、長江文明の博物館などを視察
浙江省では、約1万年前から長江支流で始まった原始稲作文化の遺跡からの出土品(上山遺跡→河姆渡遺跡→良渚遺跡等)、及び呉越時代などの文化遺産を展示した歴史博物館を見学、また秦の始皇帝の指示で不老不死の薬を求めて船出した徐福伝説など浙江省に伝わる伝承文化など無形文化財を展覧した文化センターも見学し、中国・浙江省の歴史文化の奥深さを改めて認識することが出来た。
同時に、中国の現指導者が提唱する中華民族の優秀な歴史文化について国民的教育宣伝がいかに推進されているかを実感できた。
 
4、杭州師範大学からの交流提携の要望
百年の歴史と伝統を持つ杭州師範大学の外国語学院の党書記と副院長から、名古屋外国語大学と留学生交換や教員交換を行いたいとの要望を受けた。杭州師範大学は中国人の精神を覚醒した作家魯迅が教鞭を取り、アリババグループ総帥の馬雲を輩出している。帰国後、名古屋外国語大学の亀山郁夫学長に報告した。名古屋外大は既に世界の提携校200校の目標を達成し、中国とは14校と提携しており、すぐには難しいが、何らかの形で橋渡しができればと思っている。
 
5、結論
日中両国間で対面交流による相互理解を図ることの大切さを改めて実感した。ここ2、3年の間に、日本の中国研究者は中国へ行くのを警戒し、中国へ行かないと公言する人が増えている。確かに、規制が厳しくなり、かつてのように中国で資料収集や現地調査をするのは厳しくなっている。だが、中国へ行かずに、どうやって中国の研究を進めるのか。とりわけ、新型コロナの蔓延で2020年からほぼ4年近く、日中間の交流は中断し、その間に相手国の実情を客観的に知る事が困難になった。その間にも中国は変化し、発展している。だからこそ、中国へ行って、研究者や政策関係者から話を聞き、実情を知ることによって、初めて中国の実情を理解することが出来る。2年連続の学術訪中団が手にした成果は大きく、これを日本国内で多くの人に知らせることが訪中団の任務と考える。
 

 

 
上海国際問題研究院のHPに掲載

 
浙江省共産党学校(=浙江行政学院)=杭州市内で


浙江省党校での座談交流 = 中国側(左)と訪中団(右)
 
杭州市郊外の外桐塢村「共同富裕モデル村」

 

外桐塢村の入り口
農家を改造したアトリエ

 
浙江省歴史博物館

お知らせ一覧

2025.01.22
東海日中関係学会2025年新春公開研究会
2025.01.21
[2025.01.25] 時論「結成20周年 ジャーナリスト訪中団の成果と教訓」
2024.12.08
上海外国語大学75周年国際シンポジウムで講演(日文・中文)
2024.11.23
時論『孫文「大アジア主義」演説の現代的意味~「日本よ アジアに立脚し中国と協調外交を」~』
2024.09.28
中部学術訪中団総括報告「リアル中国を知る~上海・浙江省での交流成果と中国の実情~」
2024.05.23
[2024/07/05開催] 講演 名古屋ピンポン外交の教訓
2024.05.23
[2024/6/30開催] 国際理解講演会 世界を左右する中国の『長期戦略』
2024.05.23
[2024/6/26開催] 日中山河経済文化促進会 特別講演会 (熱田神宮会館)
2024.01.27
時論「中国主導の世界は可能か- 新たな発展理念“人類運命共同体”白書から -」
2023.12.09
第8回日中関係討論会 基調報告「武力ではなく、外交と交流により、東アジアの平和を」
2023.10.15
時論 「ポストコロナ初の学会訪中団を受け入れた中国- 日中間の対面交流の意義-」
2023.05.13
時論 客観的、理性的に日中関係を論じて30年
東海日中関係学会設立30周年記念・日中平和友好条約締結45周年記念シンポジウム
開会挨拶
2023.03.23
「大江健三郎平和主義思想及び其の現代価値」シンポジウム報告 
2023.03.22
時論 大江健三郎氏を偲ぶ北京シンポジウムへのメッセージ
2023.01.28
時論 中国敵視・安全保障政策の危うさ~日中関係改善の好機を逃すな~
2023.01.27
時論 西原春夫・早大元総長を悼む -「東アジア不戦」94歳の志半ばで
2022.12.12
時論 緊急提言  日中関係改善の好機を逃すな
- 3期目習近平指導部の対外政策を読み解き、適切な対応を -
2022.03.01
時論 日中国交正常化50周年へ 局面打開の知恵と行動を
2022.01.29
時論 「日中交流に尽くした人々に学ぶ~国交正常化50周年に向けて~ 」
2021.11.01
時論 「日中政府間交流と首脳会談の再開を」
2021.10.30
時論 「『歴史を鑑に』とは ~ 中国共産党設立・辛亥革命の“後背地”だった日本~ 」
2021.08.01
時論 「中国と国際社会の在り方、日本の対応」
2021.07.01
時論 「中国共産党百周年 習近平総書記の演説を読み解く」
2021.05.01
時論 「ピンポン外交50周年が問いかけるもの」
2021.04.17
時論 「森武先生を偲ぶ」
2021.02.01
時論 「21世紀版“ピンポン外交”~米中再接近を~ 」
2020.11.01
時論 「独裁者に必要な『諫官』」
2020.08.20
時論 「香港今昔~23年前の返還を取材して~」
2020.07.11
寄稿3 「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
2020.07.10
寄稿2 「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」