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時論『孫文「大アジア主義」演説の現代的意味~「日本よ アジアに立脚し中国と協調外交を」~』

2024/11/23

孫文先生「大アジア主義」演説100周年記念シンポジウム
 
2024年11月28日 在神戸
 
講演主題 『「大アジア主義」演説の現代的意味~「日本よ アジアに立脚し中国と協調外交を」~』

名古屋外国語大学名誉教授 川村範行
(日中関係学会副会長、元東京新聞・中日新聞論説委員/上海分社長)

 
孫文先生が1924年11月に神戸で行った演説の、今の時代に於ける意義は何かについて、私の考えを述べる。
結論から言うと、「日本よ 亜細亜に帰れ」、即ち、「米国追随外交からアジアに立脚した自主外交を、中国と日本の連携を」ということである。
 
第一に、演説の骨子を検証する。
孫文先生は先ず、日露戦争での日本の勝利は「アジア民族の独立を生み出した」と評価している。その上で、アジアの全民族の独立運動は、「中国と日本こそ原動力である」と指摘し、「必ず提携しなければならない」と日中連携を強く主張している。
次に、ヨーロッパの文化は「覇道の文化」であり、東洋の文化は「仁義道徳」であると対比し、「人を圧迫するのではなく、人に徳を慕わせる」と、差異を明言している。ここから、アジアの文化は王道の文化である、と結論づけている。
そして、「あなたがた日本民族は、すでに欧米の覇道の文化を手に入れているうえに、また、アジアの王道文化の本質をもっておりますが、いまより以後、西洋覇道の手先となるか、それとも東洋王道の干城となるか、日本国民が慎重にお選びになればよいことであります。」と、王道か覇道かの選択を日本に問いかけている。
 
第二に、孫文演説の真意はどこにあるか。
それを解く鍵は、孫文が神戸の演説後に日本を離れ、翌12月に天津に到着した後のインタビューでこう述べている。
「目下日本は世界の三大強国と誇っておるけれども、思想その他の方面に於いて尽く欧米の後塵を拝しつつあるではないか、これは日本人が脚下の亜細亜を忘れているためであって日本はこの際、速やかに亜細亜に帰らねばならぬ。」即ち、孫文先生は神戸の演説で、アジアに於ける民族革命達成のため、欧米の帝国主義に抗して日本に中国との連携を呼び掛けるとともに、「日本はアジアに帰れ」と言いたかったのである。
 
第三に、翻って、当時とは時代背景が異なるが、今日の日本と中国の関係に引きつけて、孫文演説からどのような教訓が得られるかを考えたい。
日本と中華人民共和国は1972年に国交正常化を果たして以来、政治外交面では紆余曲折を経ながらも、経済貿易を原動力に、発展してきた。中国が1978年から改革開放政策を導入すると、経済先進国の日本は政府ODA供与や民間協力などで中国の改革開放政策を支援した。中国は21世紀に入り高度成長し、2010年にGDPで日本を抜いて世界第2位の経済大国に発展した。今日では中国と日本が世界第2位と第4位の経済大国になり、歴史上、アジアで初めて大国が並ぶ立つ時代を迎えた。日中両国はアジアにおける責任と指導力を共有し、同時に国際社会に於ける責任と役割を併せ持つに至ったと言える。
しかし、2010年代後半以降、アメリカと中国の戦略競争の長期化により、世界の分断が懸念される状況になった。米国はバイデン政権時代に安全保障面で、同盟国・友好国との多国間協力の枠組みを重層的“格子状”に構築した。同時に、経済安保面でも、米国は同盟国・友好国と連携して半導体の材料や装置の対中輸出を制限するなど、デカップリングを図っている。こうした米国主導の中国封じ込め戦略に、日本も組み込まれて、東アジア情勢や日中関係にも深刻な影響が現われている。
日本は近年、東アジアを巡る安全保障環境の変化を理由に安全保障面で米国寄りの外交に傾いている。2015年に安倍内閣は歴代内閣が認めなかった集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊の海外での戦闘行為を可能にした。次に、2022年12月に岸田内閣は敵基地攻撃能力の保有を容認、防衛費の倍増を閣議決定し、安全保障政策の大転換を図った。平和憲法に基づき歴代内閣が堅持してきた専守防衛、GDP1%以内の防衛費の基本方針を逸脱したのである。“台湾有事”を口実に南西諸島のミサイル基地化が急ピッチで進められており、ミサイルの矛先は北朝鮮と中国に向けられる。中国を安全保障上の“敵国視”するのは、日中国交正常化以来、初めての重大事である。しかも、米国の「統合抑止」戦略のもと、米軍と自衛隊の指揮権統合へと向かっている。米軍の指揮下に置かれるのではなく、専守防衛を基軸とした日本独自の安全保障政策を推進すべきである。
一方、中国進出の日本企業は現在、約3万社に上り、日中両国の経済貿易は密接不可分な関係にある。安全保障上、中国を敵視するのは、日本の国益に取りマイナスとなるのは明白だ。2008年に胡錦濤国家主席と福田康夫首相の首脳会談で合意した「戦略的互恵関係の包括的推進」について、習近平国家主席と岸田文雄首相の首脳会談で再確認し、更に、この度の習近平国家主席と石破茂首相の首脳会談でも再確認したが、これこそ両国民の利益のために採るべき賢明な道である。日本は米国追随の外交から脱して、中国との対話と交流による協調外交を推進する必要がある。同時に、日中双方が「不再戦」を再確認し、東アジアの平和と安定を構築する役割を担っている。日中双方が戦争の準備ではなく、戦争を予防するための平和外交に全力を尽くすべきである。
 
第四として、今日の世界は、米中戦略競争のほか、ウクライナ戦争、さらに中東紛争など、百年に一度の大変動に直面している。
国際連合の機能不全、WTO体制の不安定化をもたらし、第二次世界大戦後の国際秩序の崩壊が心配されている。21世紀の世界は、パクスアメリカーナからパクスアシアーナへと、パラダイムチェンジの時期を迎えている。それに伴い、西洋の普遍的価値観が限界を見せ、世界は新たな思想や価値観を求めている。
習近平国家主席が2013年に提唱した「人類運命共同体」の新理念は、2017年以降、国連総会で7年連続決議採択され、140カ国以上に賛同国が広がっている。新理念の全容は、中国国務院新聞弁公室が2023年9月に発表した『手を携えて人類運命共同体を構築:中国のイニシアティブと行動』白書(以下、「白書」と略する)に詳細に記されている。新理念の考え方は、「人類は歴史の岐路に立っている」、「相互依存は歴史的大勢である」「新しい時代には新しい理念が必要だ」と記されている。
新理念の基本として「三つのグローバル・イニシアティブの実施」を提唱している。即ち、グローバル開発(持続可能な開発)、グローバル安全保障(持続可能な安全保障を追究)、グローバル文明(世界の文明の多様性を尊重)である。発展、安全保障、文明の三つの側面から、「人類が直面している現在の課題に対する包括的解決策」を提供しているのである。
同時に中国は「一帯一路」を沿線諸国と共同で推進し、10年間で150カ国・地域、30の国際機関と協力協定を結び、世界で最大規模のプラットホームを造り上げた。中国が「人類運命共同体」新理念を国際社会に広め、同時に「一帯一路」の質の高い共同建設を推進し、21世紀の世界を主導していくという重要な歴史的役割を担っている。
 
最後に、結びとして。孫文先生は百年前の演説で、「仁義道徳こそ大アジア主義のすぐれた基礎である。仁義道徳を基礎とし、各地の民族を連合すれば、アジア全部の民族が大きな勢力を持つようになる」と述べている。今日の世界では中国提唱の新理念「人類運命共同体」がアジアはじめ国連加盟国多数の賛同を得ている現状下で、日本がアジアに立脚して中国との連携を進めて、東アジアの平和と安定を構築していくことが求められていると言える。
 
参考文献 『孫文 三民主義(抄)ほか』(中公クラシックス、島田虔次ほか訳)
『アジア主義全史』(筑摩選書、嵯峨隆)
『孫文革命文集』(岩波文庫、深町英夫編訳)

【写真説明: 孫文「大アジア主義」演説100周年記念シンポジウムの講演メンバーと関係者=11月28日、神戸市内のホテルオークラ神戸で 】
 

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