時論 「激動する世界の中の日中関係~トランプ米新政権にどう対応するか~」
時論
「激動する世界の中の日中関係~トランプ米新政権にどう対応するか~」
東海日中関係学会会長 川村範行
(名古屋外国語大学特任教授、中日新聞元論説委員)
1、先ず、世界情勢がどうなるかはトランプ・アメリカの政策次第だ。
オランド・フランス大統領が昨年、トランプ氏の当選直後に、「世界は不安定な時代になる」と語った通りである。トランプ氏の政策はオバマ政権の真逆をゆくものになる。
第一に、TPP離脱は、多国間自由貿易を否定する。米国内産業保護を最優先し、二国間貿易にシフトする。第二に、オバマ・習近平の米中合意により成立したパリ協定を離脱し、地球温暖化対策を後退させる。クリーンエネルギーを推進せず、旧エネルギーの復活になる。第三は、「核無き世界」を目指したオバマの理想主義を否定し、米露の新核拡大競争となり、戦略核時代に入る。
2、米中関係は当面、不安定化する。
(1)オバマ・習近平の米中関係は「けん制と協調」だった。2013年にオバマが「アジア回帰」を宣言したのに対し、習近平は西進政策「一帯一路」構想を発表した。また、2015年に中国が南シナ海で人工島を造成したことに対し、米国は「航行の自由作戦」を展開した。一方で、2016年9月の杭州G20サミットでは地球温暖化対策について米中合意を発表し、協調をみせた。また、米中戦略対話・交流チャンネルの多角化を進めた。
(2)トランプ・習近平の米中関係は「対立と取引」になろう。トランプはいきなり台湾問題で揺さぶりをかけた。蔡英文とトランプの電話会談は、米中国交成立以来、米大統領と台湾トップの初めての直接接触であり、トランプは蔡英文を「President」と呼んで、準国家扱いをした。「一つの中国」原則は「中国の出方次第」とトランプは述べており、まさに中国が「核心」と位置付ける台湾問題をトランプは取引材料にしてしまった。また、トランプは中国からの輸入品に高関税をかけると公言しており、中国が対抗措置に出れば米中貿易戦争が勃発する。
今後、何を取引するか。1月9日、電子商取引最大手アリババグループ・馬雲会長とトランプが会談した。馬会長は、ネット通販で米農産物を販売、100万の米国小規模業者を支援すると約束した。馬会長は習近平の側近であり、習指導部の意向を反映しているとみられ、すでに取引が始まっている。
(3)今後はトランプ・習近平の首脳会談が焦点となる。時期はいつか。習近平にとって正念場の党大会に向けて、政治局常務委員など上層部人事固まるのは党大会直前か。「党中央の核心」となった習近平の体制固めがどこまで進むか。米中首脳会談が3月の全人代閉幕後、秋の党大会までに実現すれば、体制固めが早めにできたと見ることができる。党大会後の晩秋から年末までの間と見るのが堅実であろう。そして、何を話し合うか。習近平がオバマに提唱してきた「新型大国関係」をトランプがどう扱うか。また、台湾問題と経済貿易も俎上に上るであろう。
3、日中関係の行方はどうなる。
(1)21世紀の日中関係は“三重の対立“といえる。第一に、東シナ海の尖閣領有権問題に関しては、中国は第一列島線から第二列島線へ進出しようとする。第二に、日中戦争を巡る歴史認識問題に関しては、中国は侵略戦争の歴史認識を強調してくる。第三に、南シナ海問題に関しては、中国はトランプの出方を見ながら手を打つとみられ、日本は軽軽な言動を慎んだ方が賢明だ。
(2)米中関係の影響を受ける。米中二大国関係について、丹羽宇一郎元駐中国大使は「米中は日本が思う以上に机の下で、海の下で手を握り合っている。トランプさんも例外ではない」(「日本の進路」2017年1月号)と述べている。南シナ海の中国人口島に対し、米国は航行の自由作戦で攻撃能力のないイージス護衛艦を派遣し、中国も艦船派遣して一定距離を保って米イージス艦を追尾した。翌日には両国の軍人同士がテレビ会談し、10日後にはフロリダ沖で米中合同軍事演習も行った。こうした米中関係の水面下の動きを見て、日本も対中政策を練る必要がある。
(3)日米関係の変化も出てくる。オバマの主張した「アジア回帰」戦略をトランプは撤回するのか、継続するのか。また、在日米軍の扱いを含めて、日米安保は深化するのか、変質するのか。
(4)日中国民間の相互交流と相互理解がカギを握る。昨年12月、上海から名古屋への機内で隣り合わせた、福建省の中国人訪日女性観光客は「戦争で日本に良くない印象持っていたが、日本観光から帰った知人から「日本人は親切、街がきれい、日本製品は品質良い」と日本観光を進められて、行く気になったと言っていた。中国人訪日観光客が対日観を大幅に改善してくれている。逆に、訪中日本人観光客は激減し、「反日、空気汚い」と対日イメージを悪化させている。このギャップを埋めていく必要がある。
4、日中関係改善の方策5項目を提案する。
「不安定な平和」から「冷たい平和」(冷和)へ向かうのを防ぐためである。
①首脳相互訪問の早期実現、政治的信頼感を増大する。
②両国政府は尖閣領有権や東シナ海ガス田の問題を解決するために、「東シナ海共同開発管理機構」(仮称)を設立し、官民挙げて取り組む。2008年5月の福田康夫首相・胡錦濤国家主席による「東シナ海を平和・友好・協力の海に」との合意を基に、平和的かつ包括的な合意形成へ協議を進める。
③両国政府間で東シナ海の海空連絡メカニズムを早期に運用開始するとともに、防衛当局間ホットラインを早急に設置する。
④尖閣諸島(中国名・釣魚島)の主権問題は棚上げし、現状変更(上陸・建設・常駐などの行為)を行わない。
⑤南シナ海問題の鎮静化を図る。お互いに相手を刺激する言動を抑制し、理性的に対応し、周辺諸国との協調を図る。
以上、米中、日米各関係の変動により、新たな日中関係の構築に取り組む必要がある。
(2017年1月21日 東海日中関係学会公開研究会での会長講話より)