寄稿1 「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
寄稿1「コロナ時代の日本と中国-過去・現在・未来を考える-」
川村範行 名古屋外国語大学特任教授
新型コロナウイルスの世界的な蔓延により、日中関係も大きな影響を受けている。日本と中国の間でマスクや医療機器などの支援交流が行われ、新たな絆が結ばれた。一方で、生産や観光など中国と密接な関係を築いてきた日本経済は打撃を受け、見直しを迫られている。世界に先駆けてコロナを封じ込めた中国とコロナ感染者数世界一の米国が反目する中、日本は隣人中国にどう対応していくのか。日中往来の歴史に照らして、コロナ禍の現状を検証し、今後の日中関係の在り方を三回にわたり考える。
第1回 漢詩が結ぶ支援交流 「風月同天」精神の継承
日本から中国へいち早く新型コロナ支援の手が差し伸べられ、中国メディアは日本への「感謝」を一斉に報道した。日本で感染が広がると、中国からお返しにマスクなどが続々送られてきた。
中でも“マスクの十倍返し”は際立っていた。二月初めに、先ず豊川市が友好関係の無錫市新呉区に緊急支援のマスク四千五百枚を送った。三月に入り、新呉区は豊川市からマスクの在庫が不足しているとの連絡を受け、マスク五万枚を調達した。
豊川市に届いたマスクの箱詰めには漢詩が添えられていた。
「一衣帯水 源遠流長 隔海相望 桜花満開 衆志成城 戦疫必勝」(日中両国は一衣帯水で歴史は長く、海を隔てて互いに思っている。桜の花が満開を迎え、心を一つにして城となり、ウイルスとの戦いに必ず勝利を)
無錫市には有名な太湖があり、その周辺に「日中桜友誼林」が広がる。約三万本の中国有数の桜の名所となっている。日中戦争で悲惨な戦場を体験した長谷川清巳さん=三重県鈴鹿市出身=たちが32年前、不戦・平和のシンボルにと桜の植樹を手掛け、長谷川さん亡き後は娘さん夫婦と有志の訪中団が受け継いでいる。
筆者は中国特派員駐在中に長谷川さんを団長とする訪中団の植樹活動を取材し、日本の新聞に紹介した。昨年三月に筆者は訪中団と一緒に植樹に参加し、二十年ぶりに訪れた桜友誼林の満開景色に感慨を深くした。桜が取り持つ日中の縁が、今回のコロナ禍で深まったと言える。
一月末に日本青少年育成協会(東京都)から湖北省へ送られたマスク約二万枚の段ボール箱にも、漢詩が書かれていた。
「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」
(住むところは違えども、風月の営みは同じ空の下でつながっている。この袈裟を僧に喜捨し、来世での縁を結ぼう)。
中国唐代の高僧鑑真の伝記「唐大和上東征伝」によると、長屋王が唐に送った千着の袈裟(けさ)に刺しゅうされた一文である。五度の渡航失敗と失明を乗り越えて、日本に渡った鑑真に影響を与えたともいわれる。
同協会の林隆樹・常任理事はメディア取材に「日中の間には不幸な歴史もあったが、美しい友好の永い歴史もあった。日中交流のシンボルとも言えるのが鑑真の来日です。長屋王が詠んだ詩の一節から日中友好の歴史を思い出していただきたい」と述べた。長屋王の漢詩は中国国内で反響を呼んだ。月刊誌『人民中国』(北京)の王衆一・総編集長は「激励の文句が貼られていたことに中国人は心の温もりを感じた」(同誌四月号)と記す。千数百年の時空を超えて、日中両国民の心を結ぶ言葉としてよみがえったのである。
鑑真が753年に最後の日本渡航に出発した場所とされる、長江沿いの江蘇省張家港市に鑑真渡東記念館がある。筆者は一九九七年に記念館設立の取材に同館を訪れた際に、葦が茂る一帯を見渡し、ここから船上の人となった鑑真に思いをはせた。
鑑真は奈良に唐招提寺を開き、仏教の教えを広めて生涯を閉じた。唐招提寺の境内奥に鑑真の墓所がある。そこには鑑真の故郷、江蘇省揚州の名花である瓊花(けいか)が毎年四月下旬ごろ白い花を咲かせ、鑑真の足跡を偲ばせる。
日中両国は近年の大災害時にも互いに支援している。二〇〇八年の四川大地震で日本の緊急援助隊が被災地で発見した母子の遺体に黙祷を捧げる厳粛な姿が、中国の人たちに感銘を与えた。二〇一一年の東日本大震災では中国から寄付された超ロングアーム・ポンプ車が福島原発の緊急冷却に貢献した。お互いの苦難を気遣い、助け合う姿勢は今回のコロナ禍でも発揮された。“漢詩”が両国民の新たな絆を結ぶ力にもなった。今後はワクチンの研究開発や医療支援など、両国の連携協力が求められよう。
中国の歴史書『後漢書』には紀元五七年に光武帝が倭奴国王に印綬を与えたと記されており、日中の交流は二千年近くに及ぶ。これほど悠久の歴史を持つ二国間関係は世界史上稀有だ。確かに中国のコロナ初動対応の是非や、両国間の領土・歴史を巡る問題はある。しかし、「山川異域 風月同天」の精神が21世紀のコロナ時代にも脈々と継承されたことが、日中交流史に書き記されよう。
(2020年7月9日 東海日日新聞社=愛知県豊橋市=発行・東日新聞掲載)